『「ことば」の戦略』という本を読みました。著者のジョーナ・バーガーさんはペンシルベニア大学ウォートンスクールの教授で、言葉を使ったマーケティングの専門家として知られています。彼の代表作には「なぜあれが流行るのか?」や「ザ・カタリスト」などがあります。
本書の冒頭でバーガーさんは「人々は1日に1万6千語という膨大な言葉を使っているのに、言葉の使い方についてほとんど学んでいない!」と指摘します。私たちは伝えたい「意図」については深く考えるものの、それをどう「言葉」で表現するかについてはあまり意識していないとのこと。
本書には興味深い実験がいくつも紹介されています。例えば、コピー機の順番を変わってもらう際に、単に「変わってほしい」と頼むのと、「変わってほしい理由」を付け加えて頼むのとでは、後者の方が50%も高い確率で順番を変わってもらえたという結果が報告されています。このように、言葉の選び方一つで相手に与える影響が大きく変わることが示されています。
動詞から名詞に
特に印象に残ったのが、「動詞」から「名詞」に変えることで効果が劇的に変わるという話です。例えば子供に皿洗いを手伝ってもらう際、「皿洗いを手伝ってもらえない?」と頼むより、「私の皿洗いの助手になってくれない?」と頼む方が手伝ってもらいやすいのです。実際の実験でも、名詞を使った方が33%も高く手伝ってもらえたという結果が出ています。
この効果の背後には「永続化」という心理が働いています。「皿を洗う」という言葉は一時的な行為を指しますが、「助手になる」と言えばその個人の役割やアイデンティティに訴えかけます。これにより、その行為が一時的なものではなく、相手の本質的な部分に関わることとして認識されるのです。
他の例
動詞 | 名詞 |
---|---|
罪を犯す | 犯罪者になる |
道を案内する | 案内人になる |
料理を作る | シェフになる |
車を運転する | 運転手になる |
テスト勉強をする | 勤勉になる |
アーティストや芸能人がこの性質をうまく利用している例として、ラジオパーソナリティーがリスナーを「リスナー」と呼んだり、お笑い芸人のオードリーがファンを「リトルトゥース」と呼んだりすることが挙げられます。これにより、ファンが永続的に定着する効果があります。
ただし、この技術にも限界があり、相手が「このカテゴリーに入りたくない」と感じた場合には逆効果になることもあります。例えば、皿洗いが苦手な人や、お願いをしてきた人に魅力がない場合には、この手法は通用しません。
具体か抽象
もう一つ重要なポイントは、「具体」と「抽象」の使い分けです。顧客対応においては「具体的な言葉」が効果的です。具体的な表現を使うことで、顧客は誠意のある対応だと感じやすくなり、満足度が高まります。研究によれば、具体的な内容のメールを送った場合、数週間後の購買率が30%増加したことが確認されています。
具体的な表現の効果
- 汎用的なやり取りに埋もれないため、印象に残りやすい
- 受け取った側が自分のことを考えてくれていると感じやすい
具体的な言葉は、相手が自分の話を真剣に聞いてくれていると感じさせる効果があります。これにより、クレーム対応がスムーズになり、顧客の怒りも和らぎやすくなります。
抽象的な表現の効果
一方で、大きなアイデアやビジョンを伝えたい場合には「抽象的な表現」が効果的です。ハーバード大学の研究によれば、スタートアップのピッチにおいて抽象的な表現を使った方が投資家からの出資を受けやすかったという結果があります。
具体的な表現は限定的な印象を与えますが、抽象的な表現は広い可能性を感じさせることができます。例えば、「環境問題を解決する」と言えば多くの可能性が考えられますが、「排出ガスを減らす」と具体的に言うと、その範囲は限定されます。
このように、状況に応じて具体と抽象を使い分けることが重要です。相手にどう影響を与えたいかによって、言葉の選び方を戦略的に考えることが求められます。