今日は、「ファスト&スロー」で著名なダニエル・カーネマンらが書いた「NOISE(ノイズ)」という本についてまとめていきます。 「バイアス」という言葉は多くの人にとって馴染み深いかもしれませんが、本書のテーマである「ノイズ」は聞き慣れない言葉かもしれません。
バイアスとノイズは、どちらも人間の判断や意思決定に影響を与える要因です。簡単に違いを説明すると、以下のようになります。
バイアス(偏り):
- 系統的で予測可能な誤りのこと
- 特定の方向に判断が偏る傾向がある
ノイズ(ばらつき):
- 無作為で予測が不可能なこと
- 判断がランダムに変動し、一貫性がない
例えば、履歴書の選考において、男性候補者を優遇する傾向があればそれはバイアスであり、同じ履歴書でも選考担当者によって合否が変わるならそれはノイズです。 ノイズの具体例を見てみましょう。
- 裁判官の判決は想像以上にばらつきがある
- 採用時の評価がその後のパフォーマンスを予測できる確率は59%に過ぎない
- 保険の見積もりのプロでも55%も開きがある
本来同じ基準で判断すべきなのにも関わらず、日によって判断がバラバラになってしまうのは不公平です。特に裁判のような、判決を受ける人の人生を左右する場面でこのようなことが起きているのは大きな問題だと感じます。
判断を評価するポイントとして、「判断プロセスを評価する」というものがあります。これは、多数のケースにそのプロセスを適用した時にうまく機能したかどうかを振り返る方法です。例えば、政治評論家が次の地方選挙で与党が勝つかどうかを予想するとします。100人の候補者一人一人の当選確率を見積もって、全体の70%が当選すると予測したとします。その後の当選結果を見て、その予測が近ければ優秀な予測だったと言えます。つまり、計測可能な予測を立てて検証すれば、その判断プロセス自体の精度がわかるということです。
判断のタイプは主に二つあります。予測的判断と評価的判断です。それぞれの違いは以下の通りです。
予測的判断:
- 将来の出来事や結果を予測する判断
- 例:株価の上昇下降、選挙の勝敗、学生の学業成績など
- 客観的な正解があり、後から判断の正確性を評価できる
評価的判断:
- 価値観に基づいて事物の良し悪しを判断すること
- 例:応募者の採用、犯罪者の量刑、作品の審査など
- 客観的な正解がなく、人によって判断が異なり得る
これらの両方の判断において、ノイズが問題になります。
ノイズが引き起こす問題は個人レベルにとどまりません。集団レベルでノイズが増幅すると、さらに深刻な問題につながります。
例えば、裁判における量刑の不一致は、同じ犯罪を犯した人が裁判官によって大きく異なる刑を受けることを意味します。これは明らかに不公平です。また、人事評価の不一致は、同じ働きぶりの社員が評価者によって異なる評価を受けることにつながりかねません。これも社員の納得感を損ね、不公平感を生み出します。
個人の判断で発生するノイズも問題ですが、これが集団単位で起こってしまうと問題はさらに大きくなります。「群衆の知恵」と呼ばれるように、集団で判断することはノイズを減らす効果もありますが、反対にノイズが増幅することもあるのです。
例えば、集団内で最初に発言した人の意見が、その発言内容の良し悪しに関わらず、集団内の結論に大きな影響を与えることがあります。これは「アンカリング効果」と呼ばれる心理的バイアスの一種です。
また、「同調圧力」と呼ばれる、多数派の意見に同調しようとする心理的圧力も、集団内のノイズを増幅させる要因の一つです。自分の意見が少数派だと分かると、多数派に合わせようとする傾向が生まれるのです。
さらに、「集団浅慮」と呼ばれる現象もあります。これは、集団で議論することで個人の責任感が希薄になり、十分な吟味をせずに極端な意見に流されやすくなる現象です。
このように、ノイズは個人レベルでも集団レベルでも問題を引き起こします。それでは、ノイズを減らすにはどうすればいいのでしょうか。
カーネマンらは、判断プロセスの構造化が有効だと指摘しています。つまり、判断の基準を明確にし、段階的に判断を下していくことです。これにより、個人の恣意的な判断を減らし、一貫性のある判断を促進できます。
また、アルゴリズムや人工知能の活用も有望視されています。人間の判断の限界を補完し、より客観的で一貫した判断を下せる可能性があるからです。
ただし、アルゴリズムにも限界があり、人間の監督が不可欠です。特に評価的判断では、アルゴリズムでは捉えられない質的な要素も重要になります。
結局のところ、ノイズの削減には人間とアルゴリズムの適切な協働、そして判断プロセスの継続的な改善が求められるのです。ノイズは複雑な問題ですが、それだけに取り組む価値のある重要な課題だと言えるでしょう。