頭で考えない - 環境を利用して思考力を高める方法

脳の外で考える――最新科学でわかった思考力を研ぎ澄ます技法

はじめに

脳の外で考えるという本を読みました。著者は科学ジャーナリストのアニー・マーフィー・ポールさん。

考えるといったら「頭を使う」のが一般的な認識ですが、この本ではそうではありません。キーワードになっているのは「脳の外」で考えるということ。ざっくりいうと、体の感覚や周囲の物理的な環境、人を利用して思考力を上げようというのがこの本の主旨です。科学的なエビデンスに基づいた、実践的なテクニックがたくさん紹介されています。

今回は、第2部の「環境で思考する」からピックアップした内容を自分なりにまとめていきます。日々の生活の中で、どのように環境を活用して思考力を高められるのか、一緒に探っていきましょう。

自然環境を使う

そもそも私たちの思考は、周囲の環境によって大きく左右されます。自分が今いる場所によって、脳は影響を受けるのです。特に屋外では、脳が活発になることが知られています。

実は人類の歴史を振り返ると、ほとんどの時間を屋外で活動してきました。つまり、私たちの脳は屋外環境に最適化されているのです。屋内で仕事をするようになったのは、ここ数百年のことにすぎません。とある調査によると、現代人が屋外で過ごす時間はたった7%だそうです。デジタルデバイスの普及・進化によって、今後もますます屋外で過ごす時間が減っていきそうな予感がします。

ただ、そういう時代だからこそ、意識的に屋外で活動することが脳にとって重要になってくるのです。緑の多い公園や川で過ごすとリラックスできるという人は多いと思いますが、実際に自然豊かな環境で少しの時間を過ごしただけでも、体内のストレスホルモンが減少することがわかっています。

それだけでなく、うつ病のような重度のメンタル疾患を抱えている人の気分を軽くしてくれる効果もあるのです。

さらに、自然は集中力や思考力を向上させてくれます。とある実験では、都市部でウォーキングをしてきた人と比べて、屋外の緑の中で時間を過ごした人の方が、文章の間違いを見つけるテストで好成績を残しました。また別の実験では、自然の中を1時間歩いた人は、交通量の多い街中を歩いた人に比べて、ワーキングメモリのテストで20%も高い得点を取ったのです。

とにかく自然は脳に良い影響を与えまくるので、デスクワークが中心の人は、休憩中に公園で散歩したりするのがおすすめです。私自身も以前読んだ『NatureFix』という本の影響で、定期的に森を散歩するようになりました。改めてこの本を通して、自然のメリットを再認識することができました。(自然の話だけで一つの記事が書けそうなので、今度改めて書くつもりです)

建物の空間を使う

先ほどは自然環境の重要性を強調しましたが、屋内環境にも脳に影響を与える特徴があることがわかっています。ニューロアーキテクチャーという分野では、「脳が建物や内装にどう反応するか」を研究しています。その研究の対象になるほど、建物と脳の関係性が注目されているのです。

例えば、集中力という点でいえば、オープンなオフィスでは周りの雑音や視界が影響し、集中力が削がれてしまいます。一方、壁で仕切られた個室は集中力を遮るものが少ないので、没頭しやすいというメリットがあります。最近ではオープンオフィスが主流になってきていて、一人で没頭できる環境は少なくなっているように思います。

しかし、創造力という点においては、オープンなオフィスの方が適しています。それは「他者とのコミュニケーションが増え、アイデアが生まれやすくなる」という点です。物理的に近くにいる人とのコミュニケーション量が増えるらしく、距離とコミュニケーションの頻度には一貫した関係があるとの説もあります。さらに、会社の共有スペースがコミュニケーションを促進する効果があることもわかっています。

ここ数年はリモートワークの普及によって、物理的に遠い距離で仕事をすることが増えました。当然、オフラインのように人と喋っていてアイデアが湧く機会は少なくなっています。では、オープンオフィスと個室、どちらが良いのでしょうか。私は、これをうまく利用して目的別に空間を使い分けるのが良いと考えます。例えば、集中できる午前中は自宅でタスクを進め、昼はオフィスで同僚とランチに行ったりする。そんな風に、両者の良いとこどりをするのです。

生産性高く働くためには、建物の空間をうまく使うことが重要だとわかったところで、他にも思考力や集中力を高めてくれる空間のポイントを紹介しましょう。

例えば、自分のアイデンティティを表すアイテムが置かれていると、仕事のパフォーマンスが上がることがわかっています。猫好きの人なら猫の写真を飾ったり、バイク好きの人ならバイクの模型を置いたりするのです。そうすることで「自分の空間である」という認識ができるからだそうです。逆に無機質なオフィスでは生産性が下がってしまうので、自分らしさを表現できるアイテムを置くことをおすすめします。

他にも、天井の高い空間にいると抽象的に物事を考えやすくなったり、曲線のものを見ると安心感を覚えたりするのだとか。建物の細部にも、脳への影響が隠れているのですね。

イデアの空間を使う

記憶力の大会で好成績を残す人の多くは、「記憶の宮殿」とも呼ばれる「座の方法」を用いて膨大な情報を記憶しています。これは、自分がよく知っている物理的な場所に覚えたいことを結びつける方法です。例えば、自宅の玄関や寝室を思い浮かべ、そこに覚えたいことを配置するイメージです。人間は空間に関する記憶力に優れているので、その性質をうまく利用しているのですね。

空間と記憶に関して、もう一つ興味深い点があります。感情と場所が密接に関わっているのです。辛い思い出をした場所に再び行くと、その当時の記憶がフラッシュバックするように、空間と記憶には強い結びつきがあります。この性質を上手に利用することで、思考を拡張していくことが可能なのです。

私見ですが、アイデアを出す際に、自分の思考をマインドマップで展開してまとめる方法は、二次元的な空間に思考を広げる効果があるように感じています。頭の中だけで考えるのではなく、目に見える形で思考を外に出すことで、新たな発想が生まれやすくなるのかもしれません。

最後に、ディスプレイの大きさと知的能力の関連性についても触れておきましょう。巨大なディスプレイを使ってタスクを行うと、通常サイズのディスプレイを使う時よりもパフォーマンスが上がるのだそうです。研究者曰く、「身体的に体現されたリソース」を活用できるようになるからだとか。逆に小さなディスプレイでは、概念的な地図を作る際に画面上に広げきれず、頭の中に留めておかなければならなくなるそうです。単に作業領域が増えて効率が上がっただけかもしれませんが、大きなディスプレイを導入するメリットは大きいでしょう。

まとめ

というわけで最後にこれまでのポイントをまとめてみました。

  1. 自然環境の効果

    • ストレス減少
    • うつ病の改善
    • 集中力・思考力の向上
  2. 建物の空間の影響

  3. イデアの空間の活用法

    • 記憶の宮殿:自宅の各部屋に覚えたいことを結びつける
    • マインドマップ:二次元的な空間に思考を広げる
    • 大きなディスプレイ:知的能力が向上する
  4. 環境を利用して思考力を高めるポイント

    • 自然環境を積極的に活用する
    • 目的に応じて建物の空間を使い分ける
    • イデアの空間と思考を結びつける
    • 意識的に環境を選択・設計し、脳の外で考える習慣をつける

私たちの思考は、周囲の環境から大きな影響を受けています。自然、建物、アイデアの空間を上手に活用することが、思考力を高めるカギとなるでしょう。日々の生活の中で、意識的に環境を選択・設計し、脳の外で考える習慣をつけていきたいものです。