心理的リアクタンス:禁止されるとやりたくなる心理

THE CATALYST 一瞬で人の心が変わる伝え方の技術

今回は、ジョナ・バーガーさんの著書「The Catalyst(カタリスト)」で紹介されている「心理的リアクタンス」について深掘りしていきたいと思います。

バーガー氏は、人々の行動変化を促す「触媒(しょくばい)」としての5つの原則を提示していますが、その中でも特に興味深い概念が「心理的リアクタンス」です。

心理的リアクタンスとは?

心理的リアクタンスとは、簡単に言うと、「やるなと言われたらやりたくなる」という心理現象のことです。P&Gが発売した画期的な洗濯用洗剤の例を見てみましょう。この洗剤は、1回分の容量が固定されたタブレット型で、わざわざ量を測る必要がありませんでした。しかし、問題が発生しました。なんと、顧客がその洗剤を「食べてしまう」というのです!

最初は、ネット上でジョークとして広まりましたが、物議を醸したためP&Gは「食べないでください」と警告を発しました。ところが、これが逆効果となり、実際に洗剤を食べて病院に運ばれる件数は、わずか2週間で2倍に増加したのです。なんとも恐ろしいですね。。

このように、禁止や制限は往々にして意図せぬ結果を招くことがあります。人は禁止されたことをやりたくなる傾向があります。それは、人間には自分で決めたいという根源的な心理的欲求が備わっているからなんです。

心理的リアクタンスが発動するメカニズム

禁止されることで、人は自分が操作されていると感じ、自由に決定する感覚を奪われたと感じます。そのため、禁止されたことをあえてしたくなるのです。これは、自分の自由を奪う存在に対する反発心から、主導権を取り戻そうとする行動だと言えます。

心理的リアクタンスは、禁止された場合だけでなく、「〇〇をしてください」と言われた場合にも発動します。要するに、人は他者から指示されたことを実行するのが苦手なのです。

心理的リアクタンスを乗り越える方法

では、心理的リアクタンスを乗り越えるための効果的な説得方法とは何かと申しますと、バーガーさんは、「変化を仲介する」ことが重要だと述べています。つまり、相手が自主的に説得されることを目指すアプローチです。

具体的な方法として、以下の4つが挙げられています。

  1. メニューを提供する: 相手に選択肢を与え、目的は示すものの行き方は委ねるという方法です。例えば、子供に長時間のスマホ使用をやめさせたい場合、「公園に遊びに行くのと、スイーツを食べに行くのとどっちがいい?」と選択肢を提示します。これは、やめさせたいスマホ使用から注意をそらしつつ、あくまで選択権は相手に委ねているように見せかけるテクニックです。このようなダブルバインドと呼ばれる心理テクニックは非常に強力で、デートの誘いでも「デートしない?」と直接的に誘うよりも、「○日と○日のどっちが空いてる?」と聞いた方が、デートの可否ではなく日程選択に焦点を当てることができ、デートに応じてもらえる確率が上がるのです。(もちろん、最低限の好感度は必要ですが。)このように、レストランのメニューのように選択肢を提示することで、相手の行動を変えやすくなります。

  2. 質問をする: 質問を投げかけることで、相手自身に意識を向けさせ、行動変容を促すという方法です。例えば、ジャンクフードの摂取をやめさせたい相手に対して、「ジャンクフードを食べるのをやめなよ」と直接的に言うのではなく、「ジャンクフードって健康に悪いと思う?」と質問します。そうすると、相手は当然「うん」と答えるでしょう。質問をすることで、相手に言葉の責任を持たせ、ジャンクフードを食べている自分自身について意識を向けさせます。その結果、気軽にジャンクフードを食べることができなくなるのです。これは、質問が上手なセールスマンが良い営業成績を残す理由の一つでもあります。「これにしましょう」とストレートに言われると心理的リアクタンスが発動しますが、「重要視されているのはここのポイントですか?」と質問し、相手が「はい」と答えた後に、そのポイントに合った商品を提示すると、相手は一貫性を保ちたくなるため、その商品を購入しやすくなるのです。(一貫性を作らせるというのも相手を動かすためのテクニックですが、ここでは詳しく解説しません。)

  3. ギャップを明確にする: 相手が望ましくない行動をとっていることを再認識させることで、行動の変化を促す方法です。人間には、自分の価値観や行動が一貫していないと気持ち悪く感じる「認知的不協和」と呼ばれる心理があります。ギャップを明確にするとは、この認知的不協和を利用した方法です。例えば、水不足の年に大学の寮で節水を促進するために、研究者は学生に節水を訴えるポスターにサインをしてもらい、「体を洗っている時はシャワーを止めますか?」と質問しました。サインをした学生は当然「はい」と答えます。その結果、「自分は節水する人間」という認識が強まり、シャワーを無駄遣いしていると自己認識とのギャップを埋めるために、シャワーを止めるようになったのです。その結果、多くの節水を行うことができました。相手に望ましい行動をとる人間であるという認識を植え付けるだけで、このような効果が期待できます。身近な例では、公衆トイレに「いつも清潔にご利用いただきありがとうございます」という張り紙があります。これも、「清潔に使う自分」を認識させることで、結果的に綺麗な使い方をしてもらいやすくなるというわけです。

  4. 理解を示す: 相手の立場に立ち、信頼関係を築きながら問題解決へと導く方法です。例えば、立てこもり犯に対して、いきなり「銃を下ろせ!」と言っても通用しません。まずは相手の声に耳を傾け、徐々に信頼を得ていくことが重要です。最終的に「一緒に問題を解決しよう」と、相手と同じ立場に立って、解決策を一緒に考えていくように誘導します。具体的には、相手の身の上話を聞き、例えば家族がいるという情報を得たら、「どんな家族にしていきたい?」と質問します。相手が理想の家族像を答えたら、「今、罪を犯したらその理想も叶わなくなるのでは?」というように話を展開させていきます。このように、相手への理解を示しつつ、相手の行動を変化させることができるのです。相手の価値観や考え方を尊重し、共感を示すことで、説得への抵抗を和らげ、行動変容へと導くことが可能になります。

これらの方法に共通しているのは、「説得しない」ということです。相手に解決策を出させ、自分はあくまで選択肢を提示したり、相手の価値観や行動について質問するのです。

まとめ

心理的リアクタンスは、人の行動変容を阻む大きな障壁ですが、適切に対処することで、その影響を最小限に抑えることができます。バーガーさんが提示する「変化を仲介する」アプローチは、説得ではなく、相手の自主性を尊重しながら行動変容を促すという点で非常に有効です。